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おデブちゃんの魅力アップ大作戦(雑記)

最近は雑記が多めですが、自分らしく生きようということを念頭に書いております。スピリット・メッセンジャーとしての活動も書いております。

三方良しの方策。疑問を持つ能力。

その他

うめさだはひねくれているのか…

会社に対して優等生過ぎる人が苦手です。

盲目的に会社のやり方を肯定し、従うことはいいことなのか…

最近すごく疑問に思います。

反抗期ですかね…

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ただ文句を連ねる人も嫌ですが、盲目的に企業のやり方を受け入れ、それこそが正義と掲げる人も正直好きではないです。

ある意味、企業のやり方は企業に都合のいいやり方であって

ビジネスとしての最善策であるとは言えないことも多々あるものと思ってます。

だからこそ、自分で本当にそれで良いのか、もっと他にクライアント(顧客)のためであり、企業のためであり、社員のためになる三方良しの方策はないのかと考えるべきではないでしょうか。

 

特に、我が社は古い会社で古いやり方と組織が幅を利かせている、いわば、時代錯誤なやり方を続けている会社です。

会社の推し進めるやり方は正直お客様の方を向いていないものです。

だからこそ考えなくてはならないはずが、だれも議論をしないのです。

 

のやる事はだれであれパーフェクトはあり得ません。

それを何故、議論したり、指摘したり高めあおうとしないのか。

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我が社の営業選抜の営業養成セミナーに参加した若い女性が、

参加した感想として、

参加してみて、セミナーの良い点と悪い点(問題点)を聞かれました。

その際に、

「良いことばかりで前向きになりました。とてもためになるし、

頑張らないと、選抜メンバーから除名されるので励みになります。」

問題だと思った点は?と聞かれ、

「全てが素晴らしいのでありません。」

そう答えました。

 

その子はとてもやる気があり、少々勝気なタイプです。

何であれ、

企業のやり方に意を唱える者は軽蔑の眼差しで見ていることがわかりました。

気持ちはわかるのですが、企業の上司達は神ではありません。

 何故、全て素晴らしいと言えるのでしょうか?

それは、顧客目線で話していることでしょうか?それとも企業目線?

 

意を唱えよとは思いませんが、でも、全て素晴らしい”というのは、

何も考えていないのと一緒ではなかと疑問に思うほどに私はひねくれている人間なので、うちの会社は、意見すらもたない企業の護衛官のような人間を作ってどうするんだかと、自分の会社の未来に一抹の不安を抱えました。

 

考えないで言われたことだけをやる人と、

物事に良い点と問題点そして課題と対策を考えて、実行していく人

どちらが職業人として自由で楽しい仕事ができるでしょうか?

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昔、ある企業の会長職や社長をしている方に言われたことがあります。

・考えないYESMANはいらない。

・言われたことを疑問も持たずにやるような人になるな。

・なんでも、ベストはその先にあると思い、試行錯誤しろ。

・間違いだと思ったらチャンスだ!正す方法を実験して実現させろ。

・私(役職者)の意見や施策が正しいと思うな。考えなさい。どうしたら顧客のためになるのか、お金をいただくにあたいするのかを

・企業の歯車の1つの部品として働いていたらダメだ、企業全体の事を見て考えて行動すること。自分のセクションだけで物を見ていたら、何も見えてこない。

 

いろいろ言われましたが、私が感じたのは、ただ素直に働くそれは、ある意味職種によっては素晴らしいことです。

でも、営業やプロデュサーやプランナーなら、常に半分の意識の中で、この上司の言っているやり方は時代にあってるのか?効率的なのか?もっとベストはないのか?

そう問いただし、自分なりのアイデアや思考を総動員して顧客と企業と社員のためになる方法を考え実験し実行していくこと。そして、結果は見える化(数値化)していくことなのではないのか?

そう思ったのです。

 

だからこそ言い合いではなくディベートも大事だし、

自分とは違う意見を唱えた人を見下したり、ムカつくと顔に出すべきではないと思っています。

むしろ、意見をぶつけ合いお互いの主張の中で学びを見出すことが何より大事ではないか?そう思うのです。

 

特に、我が社のように洗脳体質の会社では尚のこと流されてはいけないし、

自分のやり方、考え方を確立し、上司や企業のやり方に疑問を持って更なるベストを探求するべきではないか?

そう思うのです。

 

顧客の気持ちを一定の顧客の意見で終始して、実はをの意見は今の時代の中では、明らかにニッチだということを忘れ、企業にとって都合のいい顧客の意見のみをクローズアップするやり方になっていないか?

 

顧客の考えに段階があって企業側にとって嬉しいと思える顧客の育成を進めたいなら

ちゃんとその道筋を明確にし、その段階に応じた施策を練るべきではないか?

それもせず、ただ育成終了段階の顧客の意見のみを元に

それが、顧客サービスとうたっても意味をなさない。

ただの企業の独りよがりになりはしないか?

よくよく考えてから

その、営業選抜、営業養成セミナーの評価と実益性を評してほしいと思ったのです。

 

企業に踊らされてはいけない。

組織に向かない私は思うのです。

盲目に素晴らしいは何も考えてないのと一緒だと。

せっかく選抜されたなら考えてほしい。もっと奥にベストがある。

上司の意見、教えは絶対ではないパーフェクトは存在しない。

盲目に見据える先は顧客の心ではないかと…。

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