霊能者・梅わか(梅さだ)の日常とスピ系雑記(改め)

最近仕事柄、霊能者としての活動や想いに傾いてきたので、思い切って梅わか(うめさだ)のスピリチュアル満載雑記になっておりあます(*´Д`)

愛するということ…

とあるブロガー様の記事を読み感動してここにこの記事を書かせていただきます。

愛するという事…

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私は、今まで多くの方から恋愛相談を受けてきました。

それは、仕事で受けることも多々ありましたし、

 プライベートで見聞きすること、相談を受けることもありました。

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①幸せな愛を感じてる方の傾向

それは、見返りを求めない愛です。

私は、これだけあなたを愛しているのだから私を愛して!

という愛は往々にして悩みと暗さを抱えているなとかんじました。

反対に、私はあなたを愛しています。でも、見返りは求めないので、ただこの気持ちを大事にしています。という愛は、何等かのかたちで幸せになっていく扉になっているなとかんじました。

 

・愛してあげるという愛

・ただただ自然と愛している

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②見返りを求める愛は不平不満を生む

対価を求める愛は明確には愛ではないと思います。

この対価を求める愛は自信にとってもフラストレーションを生む原因になります。

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例:私は、こんなにもあなたを愛しているのに、なぜわからないの?

私は、あなたを愛しているのに、なぜプレゼントを用意してくれないの?

私は、愛しているからあなたのためを思って〇〇したのに、なぜ理解してくれないの?

あなたに経済能力があるなら愛してあげてもいいのよ

私の愛がほしいなら、〇〇してね

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これらは、全て対価を求める愛ではないでしょうか?

そうすると、なんで〇〇してくれないの?とフラストレーションになるし、

結局、幸せではなくなります。

 

でも、愛とは、見返りを求めないものではないでしょうか?

愛することを重要とするもの。

人間はとかく、行動に対価を求めがちです。

私も、どうしても見返りを求める愛になっていた自分を反省しましたし、くだらないことで怒っていた自分をはずかしくおもいました。

結局自分の物差しで全てをはかっていたのだなと知ったのです。

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③周囲の人になんと言われようと関係ない。

そうなんですよね。この無条件の対価を求めない愛を貫けば貫くほど、

周囲でごにょごにょと言う人が増える傾向があります。

なんで見返りを求めないのか?なんで条件をつけないのか?

自分を安売りするのか?というようなことを言う人が1人2人でてきます。

でも、気にしてはダメなんだって今は思います。

だって私は、十分幸せなんです。その人を愛することができて、

それは、もっとこうなったらいいな♪とかはあります。

でも、それは強要せずあくまで期待でいいのです。(思うのみ)

だから、周囲がなんと言おうが、私は幸せなのでいいのです。

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アガペーの愛を知り、完璧でなくていいので見習う

ちょっと宗教的になりますが、皆様もどこかで聞いたことがあるかと思います。

もし、聞いたことがないようなら、ぜひ、読むだけ読んでみてください。

愛は寛容であり、愛は親切です。

また人をねたみません。

愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、

怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、

すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

愛は決して絶えることがありません。

パウロ

(コリント人への手紙I 13:4〜8)

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これがいわゆるアガペーの愛と聖書で謳っていることになるかと思います。

とても難しいなと思います。

でも、これをお手本にして、

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人をねたまない。

自慢しない。

高慢にならない。

礼儀に反しない。

自己の利益を求めない。

怒らない。

人のした悪を思わない。

不正を喜ばずに真理を喜ぶ。

全てを我慢する。

全てを信じる。

全てに期待する。

全てを耐え忍ぶ。

愛は決して絶えない。

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とても、深いです。

これは大きな大きな愛なので、真似するのはたやすくないです。

特に自己犠牲を伴うことも厭わないそんな愛です。

まずは、無条件でただただ純粋に愛することから始めていくのはどうでしょうか?

『全て〇〇。』というのは最初からだとハードルも高いと思うので、

小さなことからでいいと思います。

『人をねたまず、自慢しない。』当たりからでどうでしょうか?

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~まとめ~

愛することに何らかしらの条件をつけたり、対価を求めるとそれは

他者への愛(利他的愛)ではなく自分への愛(利己的愛)になるのではないでしょうか?

ある意味人は、どこまでも利己的なものかもしれません。

しかし、利他的行動を増やすことで心は不思議と落ち着くのではないでしょうか?

人を好きになる時、愛する時、利他的な思考と行動で相手に接するように自然となる。

私はそう感じています。

しかし、その中で、人として利己的欲求が首をもたげてくると、表層に悩みや、不満が出てくると考えています。

その時は、また、考え方をスイッチして、私は今、私の欲のために行動しようとしているなと確認し、相手を想う気持ちを改めて見つめなおすようにしています。

その時はこの聖句を思い出します。

あなたの心にも、沢山の愛のエッセンスが降り注ぐことを祈っております。